名義預金と信託
30年も税理士をやっているので、税務調査に何度となく立ち合ってきましたが、調査というとどうも気持ちの良いものではありません。税理士として立ち合う私でさえこう感じるのですから、ご本人たちの心情はそれ以上でしょう。特に相続税の調査ともなれば・・。
調査は、あらかじめ日時を打ち合わせ、調査官は一人か二人で、午前10時頃に自宅を訪れます。映画「マルサの女」のように礼状を持って何人もが突然乗り込んでくることはありません。「失礼な質問をすることもありますが必要なことですので。」とお茶を飲みながら紳士的に穏やかに調査は始まります。故人の生まれ育ちや家族関係など、ごくごく一般的な話なので、思い出話で盛り上がり、調査官と親しくなったような気がしてしまい、ついつい余計なことまで口を滑らしてしまうなんてことも少なくありません。調査官はプロです。「故人はゴルフが好きだった」と聞けば、にこやかに笑いながら「ゴルフ会員権があるのではないか」「故人の妻は働いたこともなく、実家から相続で受けた財産もない」と聞けば、「妻名義の預金は、故人のものかもしれない」・・・なんて考えているのです。
相続の調査では、名義預金等の調査が重要視されます。税務調査官は故人の過去からのお金の流れを追いかけて、大きなお金の動きを丹念に調べます。亡くなる一年前に引き出した預金なんて簡単にわかってしまいます。調査官は金融機関や証券会社に対し質問検査権を使って、故人やその家族のデータを容易に入手できるのです。昔の土地売却の申告資料も税務署に残っています。私は相続の申告を依頼されると必ずご家族の預金も調べさせていただくようにしています。「貴方は税務署ですか」と何度も嫌な顔をされましたが・・・。それは相続人本人たちのためと考え、相続人の方たちに説明し、名義預金として最初から申告書に計上させてもらっています。その方が後々調査等で、お互い嫌な思いをしないで済むからです。
贈与税の非課税枠は年間110万円ということで、毎年子供たちに、110万円づつ相続対策を兼ねて贈与している方が結構います。しかし無駄使いしないように、通帳も印鑑も父親が管理しているという方も多いようです。このような場合、まずは民法上の贈与契約自体が成立しているかどうか疑問視されます。子供が贈与を受けた現金を自ら管理していないと贈与とは認められず、これも名義預金として課税される可能性が高くなります。すなわち名義は子供でも親の預金に過ぎないことになるのです。
そこで「子供に通帳も印鑑も渡し、子供自身で管理させてください。」と言うと「子供に渡したら使われてしまうよ。」という返事が返ってきます。確かに教育上も問題は残りますが、贈与契約の場合は、そうしないと贈与とは認められなくなります。子供に贈与はするが、無駄使いを防ぐため、何とか親が管理できないものだろうか・・ここでまた「信託」登場です。
親が委託者、親が受託者、子が受益者というパターンです。これを「自己信託」と言います。親は公正証書で「信託宣言」をし、自分名義の口座から自分名義の口座にその金額を振り替え、分別管理することになります。そうすれば名義預金とされることなく、その現金を子に贈与しながら、親の管理が可能になり、教育上の問題も解決されます。
「信託」はこのように考えると大いに活用の道があるのではないでしょうか?是非今後大いに検討し、使われてみてはいかがでしょうか。
2014年3月28日(金) 著 者 千葉 和彦