震災

2018年1月11日 (木)

塩竈市魚市場に行いってみました。

昨年末オープンした、塩竈市魚市場に行ってみました。
 
建物が3棟に分かれていて、駐車場からすぐ上がったところにある中央棟の2階には食堂や売店があります。
 
そこから2階の連絡通路を通って岸壁にある南棟に行きます。
 
連絡通路は吹きさらしのため冬の風の強い日や雨の日は大変かもしれません。
 
南棟では、1,2階が部分的に吹き抜けになっている為ガラス越しに市場内の見学ができます。
(早朝であればセリも見学できるようです。)

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昼頃に行きましたが、水揚げされたマグロが若干残っていて雰囲気は少し感じられました。
 
そのまま展望デッキに出ることができます。 マリンゲートから桂島・馬放島など松島湾が一望できます。

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ぜひ、晴れた日に行ってみてはいかがでしょうか。
 
 
J.S
 

2017年10月27日 (金)

「復興マラソン」に参加しました。

10/1に第1回の「復興マラソン」が開催されました。
 
宮城県で行われる初のフルマラソンで、名取・岩沼・亘理を走るコースです。
私は、今回でフルマラソン4回目の挑戦です。
 
途中のエードでは地元特産品の笹かま、はらこ飯、トマト等を食べながら遠いゴールを目指し、ハーフまで走った辺りで、友人が後ろから追いつき一緒に走りました。
 
フルマラソンはだいたい30~38キロがくじけそうになる距離です。
 
友人のおかげで孤独との戦いはありませんでしたが距離が進むにつれ、足も体も重くなり、このペースでゴールすることになるだろなと思いました。
 
ところが残り2キロ付近のエードで塩飴を食べたら、残っていた最後の余力が爆発!
 
他の人が歩いているのを横目にゴールまでラストスパートでき、気分爽快でした。
 
タイムは5時間53分。
 
6時間半以内に完走できた人には、雄勝町の石に文字が彫られたメダルが授与され、記念になりました。
 
今後も体が続く限りたくさんの大会に参加しゴールの喜びを味わっていきたいと思います。

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*エイド(エイドステーションの略)
 応急救護所、マラソン等で水分や食べ物を補給するためにコースの途中に設けた施設。
 
(I.A)
 
 

2014年7月11日 (金)

台風が通り過ぎました。

警戒されていた台風8号typhoonがあっと言う間に通り過ぎて行きました。

全国的には随分と被害が出た模様です。

今日はこどもの通学時間がどうなるのかななどと考えたりもしましたが、

朝には既に雨rainもやんでおり(昨晩から?)、ちょっと拍子抜け。sprinkle

宮城の場合は、台風typhoonについては拍子抜けが多いですね。

しかし!!!sign03

いざという時の備えが大事です。hospital

常日頃から心構えを持ちましょう。

と、自分に言い聞かせています。sweat02

 
 
 
J.S

2014年4月15日 (火)

カジカ

ひさびさにカジカくんのはなしです。
(ちなみにカジカはハゼに似た魚です。)

実は、先週の金曜日に飼っていたカジカくんが亡くなりました。
朝うちの子がエサをやろうとしたところ、色が変わっているのを見つけました。

カジカは冬になると黒くなったりと、季節か気温(水温?)の変化で色を変えるみたいです。

ということでまた色を変えたのかと思ったら、ピクリとも動かない。
よくみると口が開いたままで動きが止まっていました。

さかなというよりは、人間のような動きで楽しませてくれました。
お腹の吸盤で水槽に張り付いたり、
エアポンプの上にななめになって乗っかっていたり、
じっとしてるので、こちらもじっと見るとじりじりと後ずさりしたり、
(カジカはうしろに歩きます。)
えさをやると、いきなりパクッと飛びついたりと面白い動きをしていました。

以上、おすすめと言っていいのか、まぁおすすめのはなしでした。

いま家には、だいぶ少なくなりましたが金魚いっぴき、イモリ2匹と土の中にくわがたが1匹(おそらく)住んでいます。

J.S

2013年3月29日 (金)

ナインデイズ 岩手県災害対策本部の闘い 河原れん:著 幻冬舎

 東日本大震災後、短期間の間にあっという間に多くの書籍や雑誌が出版されました。どうしてこんなに早く本になってでてくるのだろう?などと驚きました。これは私だけでしょうか。被災地はいまだに現在進行形です。

ネットなどで情報が非常に早く、氾濫している時代だからこそ書籍という形にまとめられてしまうのでしょうか。ひと昔前であればある程度一段落したところで”本”になっていたと思いますが、今ではさまざまな事件や災害に関する本が区切りがつく間もなく書店に並びます。

そんな中たまたま手に取ったのがこの本でした。

平成23年3月11日、人々がどのように行動したのか?どのように救助活動が行われたのか?ということに関心を持ちました。

被災地にいながらも何もできなかった、そんな思いからかもしれません。仙台バイパスを走っていて聞こえた、間断のない自衛隊霞の目飛行場を離発着するヘリコプターの音が耳に残っています。

この本は、岩手県災害対策本部に医療班をつくり震災時の救助活動を指揮した医師の話です。警察、消防、自衛隊や中央省庁、各市町村などのいわゆる縦割り行政の弊害が常に付きまといますが、それを不眠不休で克服していった様子が描かれています。

(J.S)

2012年10月31日 (水)

寄り添い支える -公立志津川病院 若き内科医の3・11- 菅野武:著 河北選書:出版社 \800

東日本大震災時、南三陸町志津川にある公立志津川病院に勤務していた菅野医師の体験談です。

彼は米国タイム誌の2011年度「世界で最も影響力のある100人」に選ばれました。

4階まで津波にのまれた病院の悲惨な状況で、どのように判断しどう行動したのか。まわりの街が一面の海と化した恐怖にどのように立ち向かったのか。

現場で体験しなければ、想像はできても恐怖を実感することはできないでしょう。

この状況では、判断力や勇気というもので捉えられるものではなく自分がただどう動けたのかということなのかと思います。

J.S